個人的な都市論と、1%の寂しさ
僕が日本で一番嫌なところを挙げるとすれば、人口が無駄に分散していろいろ非効率になっていること。
田舎は徹底的にド田舎であるべきだし、イオンや平和堂しかないような中途半端な街がほんとに理解できない。もう、全てが寂れている。
オーストラリアやカナダは人口密度が相当低いわけだが、人口の大半が大都市圏に集中している。もちろん首都圏とは言わないが、仙台くらいの規模の街には大半が収まっている。
例えば富山県の人口は110万人、富山市の人口は40万強だが、DIDが全国最低の県庁所在地だ。あの土地にいて思ったのは、かなり郊外に向かっても人が住んでないわけじゃない。振り向けばイオン、無駄な公共施設、クローズになった遊園地。。
そう、全てが分散しているのだ。
農業や漁業をするにしても街に住めばよいではないか。通勤はほんの数十キロだ、40分もかからない場合が多い。工場でも同じことだ。
あの土地で一生を終えるのはほんに嫌だった。
そりゃ持ち家は広いだろうが、それが何になるというのか?
公務員の余計な人員はかかる、まともな百貨店は進出しない、パチンコ以外の娯楽も生まれない(実は富山ではアウトドアも微妙、市内にはヨットハーバーもない)、余計な道路も要る。街が小さいと何も良いことなんてないのだ。それに気付いたか現市長は都心回帰に向けた改革に熱心だ。そこは非常に評価したいが、本来的には県としてそうゆう方向性にならなければいけない。
さて、僕はそんなこととは無縁で、今の会社を辞めない限りは首都圏or大阪しか可能性はないわけだが、それも少し寂しい気がする。
「わけのわからない田舎」がどうも面白くないから、首都圏ばかりに人が集まっているのが現状だろう。「田舎でのんびり志向」もわかるが、それでも実際は今の札仙広福あたりが丁度いいのではないか、横浜だって郊外は十分田舎だ。パチンコしか娯楽のない街の連続では永遠に糞田舎。人が逃げて産業もない悪循環は必然だ。
地方自治体はここが踏ん張りどころ、変なしがらみは捨てて、県都に人口を集中させ、コンパクトでもいい、リソースのある街をつくることが必要だと考える。

